これは知ってる人があまりいないのだけれど、ここでだけそっと教えてあげよう。実は、夜空に輝くお月様。あの月は魔力を持っている。見る者の心を「止めて」しまうことができる魔法だ。
 他の、所謂美しいモノ。例えば薔薇だとか星だとか、レインボーブリッジからの夜景だとかと違って、「綺麗だ」という感動を呼び起こすタチのものではない。むしろそんな陳腐な衝動こそ、月が本当に求めているものだ。時に暗く、時に黄金色に、そして時には紅く輝く月は、それがどんな心持ちの人間であれ、その足を止めさせ、心までも「止めて」しまう。一瞬止めた心の中から、月は自らが好きなものだけを選んで、奪いとってしまう。あちらの心からは自分を讃える賛辞を、そちらの心からは闇の様に澱んだ絶望を、というように。だからこそ、月を見た人間は皆、一瞬惚けた様な表情を浮かべるのである。
 暗かったり黄金色だったり紅かったりする月達は、彼氏彼女の区別無く、ヒトの心を一瞬だけ止める魔法を備え、彼らの求める何かを奪うため、虎視眈々と我々を狙っている。